Thursday, June 28, 2012

渡米1時間前に想うこと!

6月28日の渡米まで日本で過ごすのは、残り3日。
本来は、余裕で身構えて、家族と過ごし、信頼する先輩達に菓子折りを持参して挨拶回りをする、
という行動を思い描いていた。

でも実際は、本当に情けない3日間になってしまう。

・25日
朝から永遠と片付け作業を開始し、いらない物を捨てつつ、いるものをダンボール箱に整理。永遠と作業。
夕方、個人面談を1度受けたIBDから電話が鳴り、「2回目の面談を実施したい」とのこと。渡米が近いので、自分から提供できる日程候補・時間帯は2日間・午後のみ。
(IBD、コンサルのインターン獲得への動きについては改めて綴る、といっても未だ獲得してないが)

面談対応の人員手配が整えば、連絡はgmailに頂けるとのこと。
船便で送るためにダンボールにつめていた、一着のスーツ・シャツ・ネクタイを箱から取り出す。

そしてまだまだ作業は終わらない。
3ヶ月以上前からやるべきことは明らかだったし、先陣のブログを読み上げれば、渡米前の直前に焦ることは避けたいと思っていたはずなのに。
自分のスケジュール感の無さにがっかりする。MBA2年間で、スケジュール管理の出来るプロフェッショナルになる!と改めて決意。
荷物整理をしながら、足りないモノを買い足しに出かけたり、結局ダラダラ作業を続けて朝5時までかかってしまう。

・26日
朝10時、日通による段ボール回収。5箱で7万5千円の契約だが、4箱のみ。どう頑張っても4箱以上に出来なかった。
でも、後で痛い目に会うことになるとはこの時、知る由もなかった。
朝10時、まだIBDからメール来てない。10時10分来てない。・・・10分起きにチェックしていると、普通に電話での連絡を希望すれば良かった。
そして10時45分にメール受信。「急ですが、14時30分に本社にお願いします」とのこと。即効でOKメール返信。
こちらから狭めた日程候補なので、ヤフーの路線検索を行うと、アポに間に合うためには5分以内に出発する必要があると分かる。
そして気づいた。革靴が無いということに。
日通のダンボールから革靴を取り出すことを忘れていた。
「あーーーーーーーーーー」部屋で思わず絶叫した。
1分間、パニック状態に陥った後、仕方なく、スリッパでタクシー、新幹線に飛び乗る。

結局、先方の都合でアポ時間帯が18時に変更になり、急ぐ必要も無かったのだが。
そして大事なマンション引渡しのためにやるべき作業が出来ない、、、と思ったが、
ウルトラブックは持っていたので、PCでやる作業があり過ぎて、休み無く作業して18時を迎える。
IBD面談は和やかに終了、予定より1時間延長したため、Wharton/Kellogg飲みには参加せず、終電で帰宅。
飲み会参加出来なかったなぁと思いながら東京駅に向かう最中、
「Wharton/Kellogg飲み or Kellogg/Wharton飲み!」の「タイトル」で言い合いになって盛り上がったりしてるんだろうな、良いなぁ!と想像してほくそ笑んだ。
新幹線のなかでも一切休む事無く、永遠と作業。PCでIBD面談の議事録を作成しつつ、お礼メールの文面作成、その他挨拶すべきお知り合いの方々への文書作成。
帰宅後も休み無く、引越し作業を永遠と作業、5時までかかって就寝。

・27日
朝8時にリサイクルショップ訪問のチャイムで起きる。
ベッド(布団付)、テーブル、テレビ、洗濯機、電子レンジ、細かな家電多数を全部引き取ってもらって、料金はなんと、罰金10500円。
洗濯機やベッドは巨大で高額のペナルティがかかってしまう、とのこと。そして冷蔵庫は年式が古く罰金額が特に高かった。
これらをヤフオクで売りさばいて儲けるんだろうな、と勘ぐる。
でもこの業者に依頼したのは時間が無かったのが一番の理由だけど、最近近所に出来たリサイクルショップで日本語ネイティブではない中国人が経営していたから。
日本語が流暢でないのに、公安に許可証を申請してリサイクルビジネスを立ち上げる心意気を想像して応援したくなった。
片言の日本語で敬語も使えていないけれど、誠実に懸命に説明してくれるから、応援したくなる。

そういえば、この日はトラブルが続く。
・水道屋の最後の集金では、払ったハズの料金を再請求される。
・インターネットの機器を回収しに来たJコムの社員が立ち去った30分後に別のJコム社員から電話が入り、今から撤去に伺うと言われる。詐欺かと思った。
・11時に来るはずの明け渡しの不動産屋は来ない。電話すると、「忘れていた。部屋に契約書を置いて、カギはポストに投函しておいて」とのこと。
殺意が芽生えたが、時間が無いので従う。

そして退去時、渡米時の自分のスーツケースの重さにドン引き。これは明らかに30キロオーバー。
制限23キロを遥かに超えている。
日本最後の夜だからホテルは攻めても良いかなと一瞬思ったが、結局、十三の東横インにステイ。
おそらくこの日に届くであろう郵便物を淀川支店に取りにいく必要があり、淀川支店の近くを探したから。
東横インに荷物を全て置き捨て、ネカフェに移動。海外送金の流れを確認するため、サイバーエージェントFX口座での作業、シティバンクでの作業をそれぞれ確認。
これもなんで1ヶ月前にしていないのか。。。自分に失望。
夜はホテルで30キロの荷物を23キロまで落とすための仕分け。結局、本数冊、マラソンシューズ、買ったばかりのノートなど断念し実家に送る。
就寝。

・28日
ここでやっとタイトル。「渡米を1時間前に控えて想うこと」。
日本を離れる前に色々と考える余裕も無く、めちゃめちゃ慌しいなかでの最終日になってしまい、自分の計画性の無さを痛感。本当に情けない。
TOEFL67回受けたのは粘り強さがあるからじゃなくて、計画性が無さ過ぎるからなんだ、と気づかされる。
そして、気づけば関西国際空港のデッキにいた。
やり残したことが沢山ある。
一番やり残したと感じるのは、今まで出会った大事な皆様への挨拶を済ませられなかったこと。
じゃあ、今まで何をしていたのか、というと、仕事する必要が実質的に無かった5月以降も、ほぼ毎日人と会っていた。これから日本を去る渡米直前の2ヶ月は新しい出会いが
山ほどある。同じタイミングで日本から世界のMBAに留学する同級生、Whartonコミュニティで出会う同期・先輩、フルブライト奨学生のイベント、就職活動関連の壮行会、、、
などなど。
毎日、新しい出会いがあり、芋づる式にどんどん色んな人に会っていた。そして気づけば渡米まで3日になっていて、上記の慌てよう。

飛行機が離陸するのを待つ機内では、走馬灯のようにこれまでの自分の過去が思い出された。
リクルートに入社した1年目4月から、自分は海外にMBA留学する!と公言して、人間力のある先輩・お客様に叱咤され、鍛えられた。
リクルートでは、関西の地場の中小企業のおっちゃん達に対して採用提案を行い、現場で経営を学んできた。
そんな社会人1年目から願い続けてきた想いがやっと実現する。

中古車企業にヘッドハンティングを受け経営者として移った25歳。
社長就任を祝うオーナー会議の挨拶で、「自分は将来MBAに行く!」と宣言した。
これは賛否両論あり厳しい批判を受けることになったけど、自分の信念を曲げずに働きたいと想った若気の至り。
今なら、もう少し色んな立場の人の思いを考えてオブラートに包んでいたんだろうな。
経営者として走り回った3年10ヶ月。
語れる成果は沢山あっても、実感は、「全然ダメダメな経営者だった」。マネジメント能力ゼロだと痛感させられ辞めたいと思ったこと、20歳も年上のオーナーに自己破産を迫り、離婚の上自己破産を完了させたこと、一番応援していた現場の社員が突然逮捕されたこと、、、。語ればキリが無い。

だからこそ、これからの2年間は本当に大事な2年になる!と確信している。
グローバル基準に物事を捉えられるビジネスマンになって、成長した!と言い切れる自分になって日本に戻る!
そう力強く心の中で誓うと、飛行機が動き出した。

29歳~31歳のキャリアをストップさせてでも行きたいと信じたMBA!
社長というポジションを捨ててまで取りたいと思ったMBA!
ついにこれから始まる!!
行ってきます!!

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